社会

2012年8月29日 (水)

この面白さを伝えたい

忘れもしない、大学3年の春から、社会で起こっていることに凄く興味をもつようになった。

きっかけはとある大学の講義で、自分の無知を自覚し、その外に広がる世界に魅せられた事。

危機感といってもいいかもしれない。

自分は色々やってきたつもりでいたけれど、こんなに世の中の事を知らないのかと知った時の恐怖。

それが合わさって、今日まで、自分は世の中への関心を持ち続けている。


新聞やニュースやいろんなメディアが伝える世界の出来事は、自分に常に発見とワクワクを運んでくれる。


最初は知識が広がっていく感じがただ楽しくて、がむしゃらにいろんな事を調べていって、

知れば知るほどその前提となる知識の欠如に気づいてまた勉強して。


そのサイクルがたまらなく楽しかったのを覚えている。

翻って、卒業以降はなかなかそれに向い合う時間もないほど、いろんなことに忙殺されていたけれど、

最近またその熱が持ち直している。


よく言われるし、自分でもわからないのが、それが何につながるのかということ。


自分なりに、こうなったらいいなとか、こう役に立つだろうなというイメージはあるんだけれども

なかなかうまく形にならない。


個人的には、まだ、とにかく楽しいから情報を収集していて、それ以上のものにはなっていない。


そんな中で最近、やっと、そのつながりみたいなのが微かに感じられてきて、

まだ、なんか輪郭が見えただけで、もう少しすれば、すべてスカッとつながるような感覚が

あるようなないような、そんなレベルなんだけれど。

少なくとも、一つひとつの興味を持ったことについて、調べ、まとめて未来を考えていく過程は

無駄になることはないと信じているし、何よりこれがまた楽しいから、できればいろんな人と

いろんなテーマで議論をしたい。


一人でも多くの人が、世の中って面白い!って思ってもらえるような、そんな発信をしていきたい。


とりとめもなくそんなことを思ったのでした。

2012年8月12日 (日)

オリンピックにまつわるお金の話

『オリンピックと商業主義』(小川勝、集英社新書、2012年)を読んだ。

オリンピックのお金の流れについてうまくまとまってたのでお勧め。

まとめと思ったことをつらつら。

近代オリンピックが始まったのは、1896年。
陸上、水泳、体操、レスリング、フェンシング、射撃、自転車、テニスの8競技43種目で始まった。
詳しくはWikiで。

平和の祭典であるオリンピックがいつの間にか”商業主義に陥り”、様々な利権が絡むようになってきた歴史と背景を辿る本書。

そもそもオリンピックは、当時のアマチュアリズムを基本とし、プロや一般労働者の参加を排除する極めて貴族的なイベントだった。
テレビもラジオもない時代に宝くじや税金によって運営されていたオリンピックは、技術の発展に伴い、世界中の視聴者がリアルタイムで観戦する一大広告イベントになった。

放映権や、複数大会に渡るスポンサー契約など、様々な広告商品が売買されている今日、その結果として起こる、本来の価値よりも利益の最大化が優先されてしまう事を著者は”商業主義に陥る”と表現し、警鐘を鳴らす。

高額な放映権料を払っている米NBCに配慮したプログラムが組まれ、選手がベストなコンディションで試合に望むことができていない。
特に米国との時差が激しいアジアでの開催はその例が顕著であり、前回の北京大会では、水泳の決勝戦が午前中に行われるなど、それまでとは明らかに異なる時間帯のプログラムが組まれていた。

もちろん、オリンピックの収支が放映権なしには成り立たない現状において、視聴者に対する配慮はある程度必要だとは思うけれど、それによって本来のベストパフォーマンスを競うという趣旨が没却されちゃ意味ないよねというのが本書の主張。


読んでいて、これだけの人が注目する大イベントなだけに(途上国での関心度については、知らないので、オリンピック先進国だけで盛り上がってる可能性については否定しない。)それが広告として価値を持って利用されてしまうのしかたないと思う。

そして色々調べていたら、今回のオリンピックは、ソーシャルメディアが一般化してから最初のオリンピックということで、各所でトラブルや失格がおこっている模様。
(参考:http://london.yahoo.co.jp/news/detail/20120807-00000070-mai)

興味深かったのは、開会式について、本来昼に生中継出来たものを視聴率の高い夜に録画放送を行ったことで、ソーシャルメディア上の盛り上がりとテレビ視聴者の盛り上がりがリンクしなかったことについて、講義が殺到したんだとか。

今回のオリンピックは、日本人にとっては深夜の放送が多く、寝不足の日々が続いた人も多かったのではないかと思いますが、これが示すのは、生放送の価値がこれまで以上に上がったということではないかなと思う。

ソーシャルメディア含めてこれだけネット上に情報が流れてしまえば、テレビ放映に期待されるものは、結果の分かっている試合の録画を流すことではなく、リアルタイムな映像。

そうなれば、今後ますますテレビよりにプログラムが組まれる可能性は高まってしまい、本書で指摘されたような趣旨の没却が起きやすい状況ができてしまうのではないかなと。

東京もオリンピック誘致に向けて動いていますが、多額の税金投入に都民、国民の理解が得られる可能性が低ければ、放映権料の重要性は更に高まる。

個人的には、オリンピックを生で見れるなら是非にと思いますが、こういった事情がある中で、東京都がどういう提案をしていくのか、注目してみようと思ったのでした。

誘致について、賛成か反対か意見をお持ちの方がいれば是非聞かせて下さい。


落選した16年の誘致ページを発見。落選してから更新されてないみたい。そりゃそうか。
http://www.shochi-honbu.metro.tokyo.jp/

終わり。

2011年11月11日 (金)

フラット化する世界

そんな気分だったので、仕事を早めに終わらせてサラリーマンNeoの映画を見てきた。


完全にNHKの自己満映画でしたが、そこから色々頭が回ったので、それを徒然。


(ちなみに映画は、まさかの観客5人でした。)


そして映画の帰りの電車で横に乗っていたサラリーマンと思しき40~50代のおっさんの会話が聞こえる。


社内の話をしているらしく、最初は女の話であの女がどうだのこうだの言っていて、男っていくつになっても変わらんのねと思う。


それが次第に仕事の話になっていて、社内政治の話に。


来年の人事の話しやらを聞いていて、とても新鮮な感覚になった。

この人たちは、自分の仕事を自分で決められないのだ。

うちみたいな会社にいると、辞令一枚でどこでもいくのがサラリーマンみたいな思考って全く理解できない。


でもこれまでの世界って多分そんな感じで、そこにはものすごいギャップがある。


人生半分も過ぎて、自分の人生の大半を占める(と思う)仕事を自分で決められないって本当に嫌だ。


ましてや、その会社無くなったら、どうするんだろうって感じ。


俺の中で、意思決定ってものすごく大切で、同じ事でもやらされているのと、自分で選んでいるのは雲泥。


それこそ、それまで何十年も大した意思決定した事がない自分が、いきなり放り出されたらと思うとめっちゃ怖い。


そして、世界はフラット化している。


自分の中でフラット化した社会とは、0ベースで関係が始まる社会。


それまでにやったことや学んだ事ではなくて、その場のパフォーマンスで価値が決定する社会。


例えば、職場では上司や部下でも、Facebookやツイッターでは、友人やフォローワーであって、
そういった繋がり方をする社会において、その人のポジションとか仕事って本当に意味ない。

今、何を思って、何が出来て、何をするのか、それが大切。

結局行動を制限するものって自分の思い込みや常識やプライドで、それは主に過去から来る。

勿論それが、今と、確実につながっているのなら問題はないのだけれど、それって難しい。

自分で言えば、何かの本の話題になって、それを読んだ事があって、偉そうに語るんだけど、
結局その本が結局今にどういう意味を持つのかって分からない事が多い。
(別にそれが無駄とかいうわけではなく、読んだ事自体に価値はないって事。)

つまり、ある場所で築いたものが他の場所で役に立つかは分からないし、今自分がいる環境なんてあっという間にとてつもなく変化する。

それを意識して、今の自分をフラットで考える事って非常に大切だと思ったのでした。

そういう意味で小さな会社にいるメリットは、いつ潰れるかわからないし、そこで一生過ごす気もないので、
自分を考える機会が他の人より多い事だと思う。

自分の会社が潰れる可能性って誰にでもあるし、そういった時のリスク耐性は高くなるんじゃないかな。

ちょっと確立の高い想定しているリスクと、全く想定外のリスク、どっちが怖いんだろうね。

”フラット”で価値のある人間になりたい。

2011年4月14日 (木)

生きる力

生きる力ってなんだろうか。


それを身につけたくて会社を選んだ。


自律。


自立。

究極的には、やっぱり自分で自給自足したい。


最近思うのは、本当にものを知らないという事。


当たり前に使っている電気やガス、水はどのように僕らの手元に来るのか。


テレビ、パソコンはどうやって動いているのか。


それらは何で出来ているのか。

知らなくても生きていけるんだろうけど、それは何かに依存している気がしてなんか気持ち悪い。

自分の関わる範囲で、気付いた範囲で、どんどん知っていきたい。

そうすれば、もっと社会が見えてくる。


とりあえず、自分の関わっている金属から始めようかと思います。

各々が自分の分野を持ち、それを共有できたらいいなぁ。

そういう場も作っていきたいと思いました。終わり。

2011年4月13日 (水)

原発

真山仁の『ベイジン』を読んだ。


テーマは原発。


中国で世界最大の原発建設に関わっている日本人と中国人のお話。


2年前に書かれたものですが、原発危機の部分が今の福島。


理由は違えど、アクシデント→発電機動かず→過剰加熱で炉心融解→爆発というのは、

原発の最悪のシナリオだという事がよくわかりました。

原発、中国の内政、日本の大企業それぞれの抱える問題と、その間で揺れる人間模様を
すごくいいバランスで読めて、個人的には、満足。


んで、フクシマにあてはめますが、

小説では、中国の杜撰な管理や危機感の欠如が非常時代を招く事になるわけですが、
本来原発というのは、リスクヘッジにヘッジを重ね、どんな事があっても大丈夫なように作られているもの。


世界最高水準の日本の原発で、何故今回の福島のような事態が起こったのか。

何故、発電機は機能しなかったのか。
何故、すぐに炉心を冷やす作業に移れなかったのか。


未曾有の災害だけが本当に理由なのか。

日々のニュース、報道をもう少し注意深くみてみようと思ったのでした。


あー眠いので文章が適当だ

まぁそんなところで。

2011年4月12日 (火)

ビジネス。お金の稼ぎ方?

働き始めて10日が過ぎ、いろいろ発見があります。


一番大きいのは、仕事やビジネスに対する感覚が少し変わってきた事。


学生時代にビジネスと言えば、合理的かつロジカル。


どれだけ良いプランを練れるかが勝負で、それが出来ないから、起業って道は現実的にはなかったわけです。


でも働いてみて思うのは、社会ってそんなに合理的でもなければロジカルでもない。


比較優位があって、価格競争力がないと売れないなんてことはなくて、


高くても、独創的でなくても、商売は成り立っている。


他社より安い価格を提示すれば売れるわけでもなく、


他人より良い仕事をすれば売れるわけでもない。


感情やら、縁やら運やら、いろんな要素がからんでくる。

少し、理解できる幅が広がった。

何故、グリーン車に乗る人がいるのか。

タクシーとか簡単に使っちゃうのか。

学生時代は、時間もお金も余裕があって、価格がとても重要な決定要因だけれど、

圧倒的に時間が足りない社会人には、値段は、時としてさほど重要ではない。

多少高くたって、便利である程度良いものならそれで買ってしまう。


いちいち値段を片っ端から調べたりしない。


てかそんな時間ねぇし。

だから、一見、合理的ではない商売が成立したりするのです。

そして、もう一つ学んだのは、ビジネスは泥臭いという事。


どんな会社でも、どんなビジネスでも、やっぱり脚を動かしてナンボ。

会社はそれを新人やバイトで担保し、グループは子会社でそれを担保する。

そういう泥臭さの上に、初めて経営や戦略が成り立つ。

学生時代はどうしても、上しか見てなくて、いいプランができれば。。。と思っていたけれど、

結局それの前提となる行動がなければ意味がない。

厳選した10件のテレアポより1000件の飛び込み。

さぁ明日もかけまくろう。

2011年3月13日 (日)

大震災

自然の恐ろしさをまざまざと見せつけられた。

東北地方沿岸は壊滅。

現時点で死者1000人超。

宮城県南三陸町では10000人が行方不明。

原発からは放射能漏れ(未確定だが、漏れてるのは確実)


個人的にも体感した最大の地震でした。


思う事をいくつか。


・TSUNAMIの恐ろしさ

阪神淡路大震災の際は、死者6000人のうち、5000人は建物の倒壊による圧死。
地震発生後30分以内に大半が死去したそうです。
今回の地震では、津波の被害が圧倒的。

正直、今まで津波を舐めてました。

いうて波が高くなるだけっしょとか思ってたけど、津波が町を飲み込むあの映像はただ圧倒されました。

水位が瞬く間に10m上がるとか誰も思わないよね。

本当に恐ろしい。


・耐震性

津波の被害が圧倒的なのに対して、地震の揺れそのものによる被害は少なかったと思います。
スマトラやクライストチャーチと比較しても圧倒的に倒壊は少ない。

日本の耐震技術の高さ、精度を改めて認識。


今回の地震で一番、今までと違うところは、情報の伝わり方だと思う。

特にツイッターを初めとするソーシャルメディアの威力。

電話が全く機能しない中、ツイッターやMixiはしっかり機能。

また、USTやYoutubeのおかげでリアルタイムに映像が入手できた。

現地でも状況把握にある程度役立ったと思います。


一方でその弊害も言われています。

ガセや根拠のない情報が拡散しているというもの。

ここ数日ほど、“情報のソース”意識した事はなかったと思います。

こういった誤報への批判が強いですが、個人的には違和感を覚えます。

もともとネットの情報なんて真否不明なモノがほとんどだし、そもそもじゃぁ正しい情報ってなんなのって話。

政府や東電等の公式発表が正しい情報かと言われれば、そんなおめでたい話ではないわけで。

こんな情報はガセだ!みたいなのをまとめたページもありましたが、ほとんどは真偽判断不可。

そのガセ断定そのものが根拠不明です。


ネットの優位性は、情報の多様性にあるわけであって、そこから自分の必要な情報を確保するのは、
あくまで読み手の役目。

もちろん何でもかんでも流せばいいというわけじゃないし、頭使ってないやつが悪いけど、
ガセはやめましょう見たいなついーとそのものもノイズであることには変わりない。

しっかり自分で判断して情報をとりたいものです。

最後に、今後を考える。

現実に東京はほぼ機能を取り戻しているし、他国の災害同様、興味関心だっていつまでも続くわけじゃない。

復興をどのようにやっていくのか。

現実に、壊滅した地域を更地に戻すだけでも、数か月、相当の労力が必要。

そこから復興ともなれば5年10年は優にかかる。

そして、1次産業はほぼ壊滅。

農作物、海産物の価格上昇は避けられないと思います。

そして一番の問題は復興費用。

借金超大国の日本のどこから財政をひねり出すのか。

阪神の時の被害総額は10兆円。
今回はそれとは比較にならないわけで。

いろんな意味で日本の底力が問われていると思います。

書きたいことは山ほどありますが、まとまってないのでこの辺で。

今は1人でも多くの人命が救われる事を祈るばかりです。


では。

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