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2012年8月12日 (日)

オリンピックにまつわるお金の話

『オリンピックと商業主義』(小川勝、集英社新書、2012年)を読んだ。

オリンピックのお金の流れについてうまくまとまってたのでお勧め。

まとめと思ったことをつらつら。

近代オリンピックが始まったのは、1896年。
陸上、水泳、体操、レスリング、フェンシング、射撃、自転車、テニスの8競技43種目で始まった。
詳しくはWikiで。

平和の祭典であるオリンピックがいつの間にか”商業主義に陥り”、様々な利権が絡むようになってきた歴史と背景を辿る本書。

そもそもオリンピックは、当時のアマチュアリズムを基本とし、プロや一般労働者の参加を排除する極めて貴族的なイベントだった。
テレビもラジオもない時代に宝くじや税金によって運営されていたオリンピックは、技術の発展に伴い、世界中の視聴者がリアルタイムで観戦する一大広告イベントになった。

放映権や、複数大会に渡るスポンサー契約など、様々な広告商品が売買されている今日、その結果として起こる、本来の価値よりも利益の最大化が優先されてしまう事を著者は”商業主義に陥る”と表現し、警鐘を鳴らす。

高額な放映権料を払っている米NBCに配慮したプログラムが組まれ、選手がベストなコンディションで試合に望むことができていない。
特に米国との時差が激しいアジアでの開催はその例が顕著であり、前回の北京大会では、水泳の決勝戦が午前中に行われるなど、それまでとは明らかに異なる時間帯のプログラムが組まれていた。

もちろん、オリンピックの収支が放映権なしには成り立たない現状において、視聴者に対する配慮はある程度必要だとは思うけれど、それによって本来のベストパフォーマンスを競うという趣旨が没却されちゃ意味ないよねというのが本書の主張。


読んでいて、これだけの人が注目する大イベントなだけに(途上国での関心度については、知らないので、オリンピック先進国だけで盛り上がってる可能性については否定しない。)それが広告として価値を持って利用されてしまうのしかたないと思う。

そして色々調べていたら、今回のオリンピックは、ソーシャルメディアが一般化してから最初のオリンピックということで、各所でトラブルや失格がおこっている模様。
(参考:http://london.yahoo.co.jp/news/detail/20120807-00000070-mai)

興味深かったのは、開会式について、本来昼に生中継出来たものを視聴率の高い夜に録画放送を行ったことで、ソーシャルメディア上の盛り上がりとテレビ視聴者の盛り上がりがリンクしなかったことについて、講義が殺到したんだとか。

今回のオリンピックは、日本人にとっては深夜の放送が多く、寝不足の日々が続いた人も多かったのではないかと思いますが、これが示すのは、生放送の価値がこれまで以上に上がったということではないかなと思う。

ソーシャルメディア含めてこれだけネット上に情報が流れてしまえば、テレビ放映に期待されるものは、結果の分かっている試合の録画を流すことではなく、リアルタイムな映像。

そうなれば、今後ますますテレビよりにプログラムが組まれる可能性は高まってしまい、本書で指摘されたような趣旨の没却が起きやすい状況ができてしまうのではないかなと。

東京もオリンピック誘致に向けて動いていますが、多額の税金投入に都民、国民の理解が得られる可能性が低ければ、放映権料の重要性は更に高まる。

個人的には、オリンピックを生で見れるなら是非にと思いますが、こういった事情がある中で、東京都がどういう提案をしていくのか、注目してみようと思ったのでした。

誘致について、賛成か反対か意見をお持ちの方がいれば是非聞かせて下さい。


落選した16年の誘致ページを発見。落選してから更新されてないみたい。そりゃそうか。
http://www.shochi-honbu.metro.tokyo.jp/

終わり。

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