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2012年4月21日 (土)

良心とアイデンティティ

人は常に意思決定をしながら生きている。

特に、選択肢が膨大にある都会での暮らしはその連続。

同じ場所に行くための乗換案内には、幾つもの選択肢が表示される。


その意思決定の素になるものについて、ザクっと考えていることを。


意思決定のためには、判断軸が必要。

これは意識的であれ無意識的であれ必ず存在する。

ある人はより安い方を、ある人はより快適な方を、銘々の軸にそって選択する。


そしてその軸の素として一番大きなものが、”良心”。


良心とは、


自身に内在する社会一般的な価値観(規範意識)に照らして、ことの可否ないし善悪を測る心の働きのことである。(wikipedia)


かつて良心とは、法であり、慣習であり、宗教で、それが、社会の急速な変化の中で多様化し、
所謂”常識”はとても小さな極一部の集団の内部においてしか存在しなくなった。


ある意味、価値観の増加によって、人は自分で価値を決める自由を手に入れた。

つまり、現代において、意思決定の原始となる良心は、統一的なものではなく、個々人が独自に形成し、保有するものとなる。




最近、古典からSFまで様々なジャンルで本を読んでいるんだけれど、そこに主に描かれているものは人間模様であり、
良心という視点でそれらを見ていくととても面白い。

特にSFやファンタジーは超法規的存在の意思決定と葛藤をテーマにしたものが多く、まさに良心の問題である。


なんでこんな事を考えているかというと、理由は2つで、

前職の経験とタイでの経験。



前職では、良心の呵責に苛まれることがとても多く、良心にそぐわない行動を取り続けたことで心が死にかけた。

タイは、自分にとって人の欲に最も近づいた経験であり、そこに対して純粋な気持ち悪さを覚えた。

何故、いとも簡単に欲に溺れてしまうのか、

法にも、社会的な目線にも晒されない時に、何が人の行動を制限するのか、

それが自分の中でとても大きなテーマになった。


結局その答えが良心と言うもの。

原則とか規範とか色々言い方はあると思うけど、

要は、軸です。


その重要性は言うまでもなくて、後はどうやってそれを形成するかという話。

そこで一番重要なのはおそらく、自分はこれを大事にすると決めてしまうこと。

自分はこれまで、常に全ての選択肢を残すべく行動してきたけど、
それは同時に常に逃げ道を残しておくことでもあって、
今回の転職で一番苦労したのはそこ。

何かを選ぶためには何かを捨てなければならないし、
放おっておいても時間と共に選択肢は減る。

意思決定をせずに最後に残った答えに満足するというのは
楽なんだけど、要はただの思考停止で最後には絶対うまく行かない。


恐らく、23年間の短い人生の中でも、それを決めるだけの情報と経験はあって、後は決めるだけの話。

違ったら変えればいいし。


一番わかりやすいのはベジタリアンだと思っていて、彼らは何に強制されることもなく、肉を食べない。

肉が嫌いという人も中にはいるんだろうけど、大半は決意(理性)によって食欲を抑えているんだろう。

なんでそんな事ができるかというと、ザクっと軸を持つと人は安定し、それがアイデンティティになるんだと思う。


今の自分に安定性がないのは、自分が何も決めていないから。

さすがに、そろそろちゃんと自分の価値観と向きあって行かないと。


現時点で、明確にあるものは、

・みっともなくないこと
・他人に依存しないこと
・楽しんでいること

曖昧かつ広いけれど、この3つについては絶対にブレない。


少しづつ、これを具体、深化させていこう。

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