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2011年11月26日 (土)

講釈の誤り

最近、変化の必要性を感じるようになってきた。


仕事を始めて8カ月。


それまでは漠然と捉えていた”働く”という感覚はかなり現実的なものになって、つまり慣れてきた。


最近、こういう風になりたいなと感じる身近な人達に合う機会がちょこちょことあって、


相変わらず刺激を受けるんだけれど、不思議と、今まで感じてなかった焦りを感じている自分がいた。


これまで、そういった刺激的な人達は大抵年上で、彼らと自分の差は年齢なんだと勝手に思い込んでた自分。


それが、社会人になって、同じ土俵に立ってみて思うのは、それは年齢ではなかったという事。


それは思想、姿勢、思考といったもっと具体的な事であって、その前提にあるのは行動。

それに気付いた時、猛烈な焦りが襲ってきた。


このままではいかん。

仕事も慣れてきて難易度が徐々に下がっている。


結局俺は、ベンチャーに入れば、経験を積めば、年齢を重ねれば、本を読めば、成長できるといった環境依存的な
パラダイムでしか生きていないのだ。


仕事に限って言えば、1年目だからあえて環境に身を任せてみようとしていた事は事実なんだけれども、
じゃぁそれっていつまで?って話で。

自分が何をしたくて、何に興味があって、どんな人生を送りたいのかっていうのは、いつか考えるような事じゃなくて、
常に考える必要がある。

後付けの理由なんていらなくて、


”今”の意味は、今の自分の中にしか存在しないのだ。

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